久留米市議会 2019-12-11 令和元年第6回定例会(第5日12月11日)
その具体的事例の一つとしましては、「ドイツさんと久留米」という写真やイラストを交えた読み物を8回のシーズンで市のホームページに連載中でございまして、第一次世界大戦時に久留米市に設置されましたドイツ人俘虜収容所のドイツ人たちが、久留米市の産業や文化に与えた影響を紹介しております。
その具体的事例の一つとしましては、「ドイツさんと久留米」という写真やイラストを交えた読み物を8回のシーズンで市のホームページに連載中でございまして、第一次世界大戦時に久留米市に設置されましたドイツ人俘虜収容所のドイツ人たちが、久留米市の産業や文化に与えた影響を紹介しております。
ドイツ兵俘虜に関する質問をいただいたことは、久留米の歴史と産業に大きく貢献したドイツ人の皆さんがいたことを思い出す、大変よい機会だと考えております。 1919年12月3日、久留米高等女学校で、ドイツ兵俘虜によりますベートーベン第九が演奏されました。一般市民が第九を聞いたのは、久留米市が日本初であり、ことしはそれからちょうど100周年という節目の年になっております。
その中でも、ゴム産業等、産業の近代化にも大きな役割を果たすなど、ドイツ人俘虜収容所と関連した産業や文化面での久留米への影響を考えますと、歴史や観光的価値は大きいと考え、掘り起こしを考えているところでございます。 続きまして、3項目、結婚・出産・子育て支援についてでございます。
一方、捕虜解放後も、科学技術を持ったドイツ兵、並びにドイツ人が久留米にとどまることによりまして、久留米のゴム産業の発展にも大きく寄与している。このことも認識しているわけでございます。 ユネスコの主催事業でございます「世界の記憶」は、危機に瀕した古文書や書物など、歴史的な記録物を保護し、広く公開することを目的とした事業でございます。
第九演奏会に際して、かつて久留米市に収容されていたドイツ人を父に持つクルーゲ氏を招いた講演会を開催してはどうか。 ドイツの関連市との友好関係の促進について。徳島県とニーダザクセン州、鳴門市とリューネブルク市の例があります。 ユネスコ「世界の記憶」への挑戦について。徳島県と鳴門市の共同申請の例がある。
このことに関してですね、ちょっと諸外国のお話なんですが、「子どもと犬のしつけはドイツ人に任せろ」と、そうも言われる犬の飼育の先進国であるドイツ、そのドイツの南部にミュンヘンという町があります。そのミュンヘンの話なんですが、ミュンヘンの都市建設局によりますと、このミュンヘン市内では毎日約6トンの犬のふんが置き去りにされているとのことでございます。
この常盤橋を、ドイツ人医師のシーボルトや江戸時代に測量によって日本地図を作成した伊能忠敬など、多くの歴史上の人物が行き交いました。こうした小倉の歴史を現代に生かし、長崎街道や史跡等の保存や活用を図ることを目的とする長崎街道小倉城下町の会を初め、長崎街道を通してふるさとの歴史文化を探ると同時に、貴重な歴史の足跡を大人のみならず子や孫にまで伝えたいと、はくぞう座の皆さんなどが活動されています。
ができるという点が特徴であるわけですが、どんなに障害が重くても、在宅にしてはならないという親の方の熱意といいますか、親がまた仮に亡くなったとしても社会の一員として強く生き続けてほしいという家族の願いや関係者の努力で造られておりまして、全国に6,000か所今現在あるそうなんですけれども、知的障害者の親の方で作られる全日本手をつなぐ育成会の当時常務理事の松友了さんという方が著書の中で、去る10年程前に知り合いのドイツ人
その方は、久留米の農業構造改善事業の資料と久留米の産業と文化に大きな影響を与えた第一次世界大戦のドイツ人俘虜の資料が全くなく、県や鳴門市から借用したということをお聞きしたことがあります。 今回の合併は、久留米市にとっては大きな出来事であり、合併した町は自治体がなくなったわけですから、その歴史を正しく後世に伝える義務があり、貴重な資料は大切に保存する責任があると思います。
次に、先進欧米諸国における外国人の公務員就任制度につきましてでございますが、各国で事情が異なっておりまして、詳細には把握できておりませんが、文献によりますと、まず、ドイツにおきましては連邦公務員法等によりドイツ人に限定しております。フランスにおきましては、教員や研究員を除き、国、地方ともフランス人に限定しております。